パンデミックのリスクコミュニケーション
今回はマジメな話。
「パンデミック(pandemic)」という言葉がテレビ等のマスメディアにも登場するようになりましたが,実際にどういうものなのかよく分からなかったりします。「パンデミック」という言葉自体は,「感染爆発」などと訳されていますが,感染症等が世界規模で流行する現象を指します。現在懸念されているのは,高病原性鳥インフルエンザ H5N1 型の突然変異によるヒト型ウイルスのパンデミックです。これについて優れたインタビュー記事が公開されています。かなり長い記事ですが,最後まで読んでみてください。
このようにヒト型の新型ウイルスのパンデミックはもはや「If の問題ではなく When の問題」と言われていて,発生すれば社会的に深刻なダメージを受けることが懸念されています。「パンデミック対策には、大きな柱が三つあります。まず封じ込めによって新型ウイルスの出現を回避することです。しかし現在、既に鳥の世界ではパンデミック状態になってしまい、封じ込めに失敗してしまいました。ヒト型ウイルスが出現した場合の封じ込めも、よほど運が良ければ可能、という程度しか期待できないと考えています。
次の柱が健康被害を最小にとどめることです。限られたリソースの中でどうやって最大の効果を得て、感染者や死者を最小限にとどめるかです。この段階では、誰にワクチンを接種するか、誰にタミフルを投与するかという、厳しい選択を迫られます。事前に議論を尽くして誰もが納得する行動計画を策定しないと、社会的なパニックが起きる恐れがあります。
最後が社会機能の維持です。先ほども言ったようにパンデミックは世界全体で同時に起きます。その時になれば海外からの援助は期待できず、日本は日本だけで難局を切り抜けねばなりません。社会秩序を維持し、経済を回し、電気・ガス・水道のライフラインに各種物流にゴミの回収といった事業の継続、さらには自給率が40%を切っている食料をどうやって確保し、国民に届けるか、すべて事前に議論し、行動計画を策定して、訓練を行っておかなければ、社会が崩壊し、悲惨なことになるでしょう。」
記事の中で印象的だったのはパンデミック対策はリスク・コミュニケーションの問題であり,何よりも「パンデミック対策は防疫というよりも、戦争」(つまり安全保障の問題)であるということです。よく「日本人はリスクコミュニケーションが下手」と言われます。そもそも日本人は物事をリスクで勘定するのが苦手な感じです。典型的なのは,かつての BSE 騒動でしょう。リスクを勘定するにはある程度の訓練が必要です。ただリスク要因を列挙して「まぁ怖い」と言うのはリスク・マネジメントではありません。(きょうびのセキュリティ企業や専門家はそんなのが多いですが)
リスク・コミュニケーションとは「個人,機関,集団間での情報や意見のやりとりの相互作用的過程」(『リスクとつきあう』 p.44 より)を指します。よく「リスク・コミュニケーション=説得」と勘違いする人がいます。確かにリスク伝達の方法として「説得」の手法が用いられる場合もありますが,リスク・コミュニケーションと言う場合はリスク伝達に対する反応等も含んでいます。つまりリスクに関する双方向のやり取りがリスク・コミュニケーションです。
身近な例としては医療分野における「インフォームド・コンセント(informed consent; 説明と合意)」という考え方があります。医療行為を行う人と受ける人の間でリスクとベネフィット(効果や副作用や成功率,費用や予後や代替方法といった情報)を話し合った上で合意を形成するというものです。パンデミック対策においても国家規模でのインフォームド・コンセントが必要となります。しかし,現状の日本ではパンデミックに対する準備もパンデミックに関する国と国民の間のリスク・コミュニケーションも十分ではありません。私たちの側でできることは,まずパンデミックに関する正確な知識を得て,そのリスクを勘定することです。その上で可能な限りの準備をするしかありません。